発話内容を逐次外国語に変換する通訳は、文章を変換する翻訳とは異なる難しさがあります。遠隔通訳アプリサービスを展開する株式会社Oyraa(オイラ)では、AIでは困難な部分を人の力で解決しながら、将来的なAI開発まで視野に入れてビジネスを展開しています。「通訳」という分野に特化している強みとそこからの将来展望について、代表取締役社長のコチュ・オヤさんに伺いました。
翻訳とは違う通訳ならではの難しさ
日本語から外国語への変換であれば、Google翻訳やDeepLなどの便利な翻訳サービスが広く利用されています。通訳分野における状況をコチュさんに尋ねたところ、「翻訳と違い通訳は自動変換が難しい事情があります」と教えてくれました。
翻訳は、文章として書かれた言葉を別の言語に書き換えることです。文章の開始と終了が明確であり、正しい文法に則り、内容も整然としているため、自動翻訳でも高い精度が期待できます。一方通訳は、話された言葉をリアルタイムで聞き取り、それを別の言語に変えて話すことです。書かれた文章とは異なり、会話はすぐに話題が変わる可能性があり、コンピューターが次の内容を推測することは困難です。会話の開始と終了が明確でないため、翻訳よりも外国語へ変換する難易度が上がります。さらに会話内で発生する「間(ま)」が生じることで、コンピューターは会話が終了したと誤解して、意味の通らない通訳になるケースもあります。
また文法上の特性も考慮する必要があります。日本語では「AがBをした」のように、動詞が文の最後にきます。英語は「A did B」のように主語の直後に動詞がくる構造です。そのため、日本語から通訳をする際には、会話の最後まで聞く必要があり、難易度が上昇します。スラングや方言、イントネーションなど、音声特有の問題もあり、通訳は機械翻訳のように滑らかに進行するわけにはいかないのが現状です。
言語の組み合わせによっては、一層難易度が上がります。翻訳サービスでも日英では高い精度が期待できますが、日越(ベトナム)など十分な学習データが確保できずに精度が向上しないものもあります。ニッチな言語への通訳などは、今のところはまだ人間の力で対応していく必要があるとコチュさんは考えています。
外国人労働者数の増加に対応するOyraaの役割
日本では少子高齢化が進行しており、独立行政法人国際協力機構(JICA)の発表によれば、2040年までに国内で目標とされるGDPを達成するためには、674万人の外国人労働者が必要だと推計されています(※)。これにより、将来的には外国人との円滑なコミュニケーションが不可欠であることが示唆されています。
Oyraaでは、この状況を踏まえて、2023年7月から法人向けサービスの提供を開始しました。日本企業で働く外国人労働者の不便を解消し、生活をサポートすることでコミュニケーションに関わる課題の解決を目指しています。
また長期的なステップとして、AIによる自動通訳サービス開発や通訳用のイヤホン型デバイス開発も視野に入れています。これらの開発を通じて、誰もが簡単にコミュニケーションを取ることができる世界の実現を目指しています。
(※)独立行政法人国際協力機構(JICA)「2030/40年の外国人との共生社会の実現に向けた取り組み調査・研究報告書」(2022年3月)(https://www.jica.go.jp/Resource/jica-ri/ja/publication/booksandreports/uc7fig00000032s9-att/kyosei_20220331.pdf)
言葉の壁を超えて、世界をつなぐ
コチュさんは、未来に向けて「言葉に困らない社会」を実現したいと言います。最初のステップとしては、日本在住の外国籍の方が日常生活において言葉の壁に直面する課題を解決することです。そして次ステップでは、日本だけでなく世界中にいる外国籍の方々が、その土地で、言葉の壁に困らずに生活していけるよう支援していきたいと考えています。
これらの取り組みの背景にあるのは、Oyraaが蓄積した通訳データの活用です。「Oyraaの強みは、多言語の音声データを持っていることと、通訳に特化したデータを保有していることです。日英はもちろん、日越、日緬(ミャンマー)など、ニッチなデータはGoogleやMicrosoftなどのビッグテックにも限られているでしょう。これらはAIの学習データなど通訳サービスの開発に生かせる価値があると思っています。」
最後にコチュさんは、次のように話してくれました。
「日本に来て感じたことですが、コミュニケーションとは自分が伝えたいことを一方的に伝えることではなく、相手の意向や考え方、相手がやりたいことの理解を含めてお互いが寄り添うツールであるということです。お互いに寄り添うことで、物事がスムーズに進み、人間関係もうまく築けます。人間関係は人の幸福度に大きな影響を及ぼすだけでなく、同時にストレスの原因にもなります。だからこそOyraaによって相手に寄り添い、日本人と外国人がお互いに快適に暮らせる環境をサポートしたいと願っています。」