青森観光連盟 専務理事 高坂 幹
青森観光連盟 事務局長 鈴木 耕治
観光都市「青森」の急成長
近年、青森のインバウンド需要が伸びていおり、東北で1位を記録した。外国人宿泊者数が、2018年は過去最高の現在14万人、7年前と比較すると384%となった。ちなみに、全国平均の276%増、東北6県の平均188%増と比較してもその伸びは群をぬいている。
とくに、増えているのは中国、韓国、台湾などの訪日観光客である。例えば、台湾から約3万人(前年比140%)、韓国から約2万(前年比142%)、中国から約1万人(前年比222%)が観光に訪れている。その他、香港、タイ、シンガポール、オーストラリアからの観光客も前年と比べて増えている。
既存の観光施策から脱却する青森の戦略
青森が、東北平均の倍の訪問者数増加を実現した背景には、その観光戦略が鍵になっている。
ひとつめは「地元で配らない観光情報誌」の発行である。
多くの自治体は、観光名所をまとめた冊子を自分たちの地域で配布する。訪れた人には確かに便利である。しかし、旅行を企画して、どこへ行こうか検討している人をひきつけ誘導することはできない。
そこで青森は「地球の歩き方」を発行する出版社と組んで、東アジアの人が観光情報を入手できるようにした。同社は東アジアで多言語観光専門誌を発行している。タイアップして英語と中国語、韓国語で情報が掲載されている「グッドラック 青森・函館」というメディアを2017年10月に発行した。台湾、タイ、香港の国内ツーリストセンターや書店、主要駅で配布している。観光に来る人に、出発前に情報を手にいれる機会をつくることができる。
青森になぜアジアの航空会社が増便するのか
就航20周年をむかえた韓国・青森線は、週3便から週5便に増えた。理由は、航空路線の収益が高まったからである。高坂氏が観光連盟の理事長についたときには、当時、韓国の定期便があった秋田と観光客の数はあまり変わらなかった。そこで、金額を安くして人をひきつけるという方法を止めた。むしろ金額を上げた。
例えば、青森の人気のホテルに「宿泊費」を上げてほしいと依頼した。すると団体客ではなく、着こなしの良い夫婦が来日するようになった。客層が変わったのである。航空会社は飛行機のチケットを、無理に下げる必要がなくなり、路線の収益率が良くなっていった。
さらに、有名写真家による撮影ツアーを企画した。韓国の経済界のトップや政治家は写真を趣味にしている人が多い。写真家の弟子についている人も少なくない。そこで人気写真家のチョ・セヨンによるVIP撮影ツアーを実施した。その結果、ツアーに参加した財界のインフルエンサーが青森の写真をSNSに拡散していった。
台湾も、期間限定ではあるが、現在定期便が週2便運航している。(2017年11月3日~ 2019年3月13日)。台湾は青森りんごの最大の輸出先であり、りんごを通じて青森の認知度が高い国である。
そこで、青森県は台湾で視聴率No.1ドラマとコラボした。
ドラマの中で、主人公とヒロインが、昔青森に行ったことがあるというストーリーを盛り込んだ。青森のりんご畑を訪れたら、30年ぶりに昔の恋人と再会したと設定したのである。そのシーンに本物の青森県知事も登場させたところ、台湾で非常にうけ、台湾では青森の知事を知らない人はいないとまで言われた。
中国とは初の定期便が2018年5月に就航した。奥凱航空が天津から週2便飛行機を飛ばしてる。
観光のゲートウエイ「アスパム」
観光施設「アスパム」では、青森のインバウンドのゲートウエイとして実証実験や新たな取り組みが進められている。海沿いにそびえ建つ三角の14階建ての建物は、31年前に建てられて以来、ランドーマーク的な役割を担い、クルーズ船の観光客や地元の人から親しまれている。
1階にはお土産屋や飲食店、10階には郷土料理屋、13階に展望台がある。また、有料駐車場と4階から9階は11の貸し会議室といった事業もてがけている。
動線をつなげる
シンガポールや香港は、マスメディアやドラマの情報にあまり頼らない。ソーシャルメディアで友人が発信している情報を重視する傾向がある。観光連盟は、そのような国からも来てもらえるよう、ICTやAIを活用してリアルタイムに情報発信することに力を入れていくという。
例えば、2018年春、「グローバルサロン」をアスパムの1Fに開設し、海外の観光客が最初に立ち寄るゲートウエイにする計画がある。窓口に、4ヶ国語対応できるコンシェルジュをおき、客船で来日した人の対応をはじめ、スカイプやチャットを通じて、迅速かつ多言語で観光情報を受発信していく。
点から面をねらう観光プロモーション
高坂氏が疑問感じているのは、従来型の大々的な観光プロモーションの効果である。青森に新幹線の駅が開業した時、かなりの予算をかけて東京でイベントをするなどのプロモーションが行われた。ところがこのようなイベントの多くは開催したら終わりである。プロモーションをきっかけに興味をもった人が、詳しい情報を調べようとしてもその先に知りたい情報がない。これでは地元へ集客できない。これは決して青森だけの話ではない。大型プロモーションの先の動線が切れている、というのはどこの県も抱えている課題である。
その解決策のひとつとして青森観光連盟が考えているのは、チャットサービスである。青森のことに興味をもった後、グローバルサロンのサイトで情報を検索する。必要に応じてより詳しい情報をチャットで問い合わせると、コンシェルジュが回答する。これで、関心を持った人を逃さない。
行政だからスタートアップと組む
動線を切れないようにするのは情報だけではない。情報を入手する仕組みもスムーズにつなげ、観光客がストレスなく過ごせることが大切である。「観光は難しい商売である」と高坂氏は強調する。青森に3日間滞在してずっと楽しい思いをしていても、最後にいやなことがあるとイメージが一気に悪くなる。
インフラが整い、商品の情報が充実し、安心して決済ができる。この一連のサービスを用意することが観光客の満足につながる。無料Wifi使おうと思った時、メールの登録や、パスワード入力を要求されることに不便を感じる人は多いだろう。
青森観光連盟が目指すのは立体的なマーケティングである。プロモーションはアナログ、仕組みはITと縦割りで切り分けるのではなく、アナログなプロモーションとITをつなげていく。青森でこのパッケージが成功したら、他の県でも転用できる。
青森県のインバウンド伸びているとはいえ、青森観光連盟はその状況に甘んじていない。新しいことを挑戦しつづけている。スタートアップと組むのも、その表れである。
青森県はこれまで大企業と事業を展開してきたが、一緒に組む際、難しいと感じる時があるという。新しいビジネスや製品をつくろうとしたとき「10億円単位で売り上げ見込めるか」と問われる。その条件では、最初に小さく、機能的で、きめ細やかなサービスをスタートさせるのは難しい。
そのような状況があったため、2017年秋、キャナルベンチャーズからのスタートアップのサービスを組み合わせたインバウンド施策の提案はまさにはまった。
行政がスタートアップと組む場合の課題はリスク対策である。スタートアップは実績がない。そこで、青森県ではコンテストでの入賞、ファンドからの投資を評価の軸にしている。ビジネスモデルがチェックされているからである。
また「スタートアップのメンターも担ってきたキャナルベンチャーズの保科さんのような人が関わっていれば、投資はもちろん、スタートアップを育てることもできので、我々は安心できる」と高坂氏は語る。
青森観光連盟とベンジャー企業のサービスパッケージ
青森で普及をすすめているサービスのひとつが「TownWifi」である。
観光客は、TownWifiのアプリをダウンロードしておくと、街のフリーWiFiに自動で接続できる。IDとパスワードを入れるログインの手間が不要になる。一方、小売店がTownWifiにつながるようになると、週2回お店の情報を提供したり、マーケティング情報の一部を入手することができる。それ以上のメール配信や詳細なマーケティング情報を入手する場合は有料となる。
青森は、他の地方都市と比べて普及が進んでいるが、観光連盟の会員や商工会議所に働きかけさらに増やしていく。
無料SIMサービス「WAmazing」
青森空港にWAmazinのSIMを入手できる販売機が設置されている。10月に保科から高坂氏のところへ提案したあと、11月20日には空港に設置されるという短期間で利用が実現された。
Amazing(ワメイジング)は、空港や駅等にSIMカード受取機を設置し、インバウンド客に日本国内でのインターネット通信環境を無料提供するサービスである。入手したWAmazingのSIMは観光客自身のスマホに入れる。このSIMを利用するためには、事前にアプリをダウンロードして、利用の予約をする。現在、アプリをダウンロードできるのは台湾・香港の2カ国のみとなっている。ちなみに、日本ではそのSIMをどのスマホにいれるのか、と考えてしまうが、海外ではSIMが2つ、3つ入るスマホを利用しているケースが一般的である。
Amazingを予約した人は、おおまかな旅行工程を入力する。それにあわせて、出発前に青森が情報を提供できる。これは、大きなメリットである。また、使っている人の国籍、性別、年齢などのデータもとることができるので、今後のマーケティングへの活用が期待される。
もともと、じゃらん出身者がつくったWAmazing株式会社は、じゃらんと提携して日本国内10,000軒以上の宿泊施設の予約が可能である。ホテルを予約するとそこから手数料が入るというビジネスモデルである。
多言語の商品情報アプリ「Payke」
Payke(ペイク)は商品情報を多言語で表示するアプリである。商品についているバーコードをアプリで読み取ると、母国語で情報を表示する。累計のダウンロード数が台湾、香港、マカオでダウンロード数1位を獲得するほど人気がある。特徴は、商品にはられている既存のバーコードを使うことができる点にある。
しかし小売店がアプリをいちいちダウンロードするのは大変なので、商品の棚にタブレットを置き、消費者はそこに商品を近づけて、バーコードを読みとらせて、品情報を表示させる。店舗は端末を3000円くらいで購入する。
Paykeを使うと誰がどこでどういうものを買った、という情報がメーカーにいく。商品の情報として文章、画像、動画を入れることができる。この情報を用意したり翻訳、登録する費用はメーカー負担になる。
Paykeはもともと沖縄発祥の会社である。沖縄も海外の観光客が多い。外国語対応をしないといけないが、間に合わない。それに着目してサービスをスタートした。お店に行っても、個店だと外国人対応は難しい。それを端末がになって、情報を提供して、商品を買ってもらう。
ただ、青森は北海道のように体力がある大きな食品メーカーがない。商品情報の翻訳費用はかなりの負担になる。このため、観光連盟予算をつかって商品の翻訳をすることなども検討されている。
すでに以前より、アスパムの各店舗では売れ筋分析をしている。その売れている商品からPaykeの情報を充実していくことが検討されている。現在、7店舗から29品目を選抜し、翻訳してPaykeに情報をなげ、端末で読むことができるようになっている。
沖縄と違うのは、常時外国人がたくさんいる状況ではない点である。中国のお客様が多い。Paykeの認知度が高いわけではないので、Paykeの前に11:00-14:00に人がそばにいて紹介している
Paykeには自動翻訳の機能もあるが、商品点数も少ないのと、実証実験なので、観光連盟のほうで翻訳した。また、単純に翻訳すればいいという話ではなく、その地域の歴史を知り、いかに魅力を伝えるかが鍵になる。
「留学生が翻訳する県もある。大きな費用をかけずに、買ってもらえるような翻訳を提供する仕組みを、地域ごとに見つけ出すのが大事だろう」と保科が語ると、高坂氏は先に続く「コンテンツ」としての翻訳の重要性を指摘した。「できればまた青森に来て欲しい。このため、観光客の琴線に触れるような言葉が必要だ」。
またPaykeで集めたデータを、マーケティングでの活用へも期待が寄せられる。PaykeはPOS以上のデータがとれる。それを販売戦略にもどせれば、Paykeの活躍の場が増えていく。このような、スタートアップ・店・メーカーと立体的に連携できるようにマネジメントする役割も必要になってくるだろう。
Paykeはテナントの説得が課題である。ITリテラシーが高くないので、店長や店員に説明しても、帰ってから社長に説明する自信がないと言われる。沖縄に連れて行って、説明したところもあった。
地域のSNS「PIAZZA(ピアッツァ)」
今後はPIAZZAとの連携も検討している。もともと地域の情報をシェアできるローカルSNSだったPIAZZAは、住んでいる人だけでなく店舗なども参加し、イベント情報などを流すようになってきている。青森は、現役時代は郊外の一戸建てに住んでいても、定年後は市内のマンションに移住する人が多い。お金と時間に余裕のあるこのような新住民に街の様子を知ってもらう企画を「町歩きツアー」などアナログでやっていたが、さらにPIAZZAのようなITを活用していくことを青森県では検討している。ローカルSNSが定着すると、防災情報の共有もしやすくなる。
多様な決済で購買を促進する:ALIPAY、WeChat Pay
アスパムの土産店では、決済の仕組みとしてALIPAY(アリペイ)、WeChat Pay(ウィチャットペイ)を試験導入している。いずれも中国で普及しているQRコードを活用した決済サービスで、中国の観光客にニーズがある。多くの店舗は銀聯カードか現金しか対応していない。
特に田舎の小売店はクレジットカードも使えないところが多い。その中でALIPAYやWeChat Payの話をしても理解してもらえない。一方、アスパムの店舗は、クレジットカードやスイカなどすでに複数の決済に対応しており、いくつもカードリーダーを置いている。新しい決済のシステムを入れようとすると「うちはリーダー屋じゃない」といやがられる。
そこを説得して、アスパム1階物産店4店舗で利用できるようにした。すでに1ヶ月間で100件以上使われている。ガイドさんにも知られるようになったので「アスパムに行けばALIPAY、WeChat Payが使える」と案内してくれるようになった。
今後は、オリガミの導入が検討されている。オリガミは、クレジットカードやALIPAYなど、決済サービスを選べるスマホアプリである。その人が使いやすい決済方式で支払うことができる。オリガミの利用が進めば、複数のリーダーが不要になり、一個のタブレットがあればすむ。クレジットカードの手数料は5%前後と高く、さらに言えばこのお金は地元に落ちない。オリガミをつうじて青森銀行から引き落として、手数料を下げ、地域にお金が回るような仕組みが検討されている。
先進的なことに取り組むプラットフォームとしての観光連盟
これらの一連の実証実験は、10月くらいに保科が青森県観光連盟に提案したところ、11月には実証実験をスタートさせているという行政とは思えない異例の高速導入だった。特にWAmazingのようなサービスは、空港に提案した後、通常は導入まで何ヶ月かかるかわからない。
青森観光連盟では日頃から会員300社に対して、新しいサービスの利用を提案している。しかし、使っている様子が見えないものについては、導入が進まない。アスパムがスタートアップのサービスを使っているショールームになることで、理解が進むような環境を整えていく。すでにアスパムでALIPAYを使っている様子を見た会社が、利用してみたいという問い合わせが入っている。
観光連盟は、県の商工労働部新産業創造課と一緒に先進的なことに取り組む役割なので、観光領域でスタートアップと連携することには違和感がない。今後もスピード感を落とさずに、全体のコーディネートをしていくとう。もちろんどこまで地方の観光連盟がやるのかという議論はある。また、観光連盟も収益をあげる必要があるので、どこで稼ぐかも課題である。会員組織をうまく使って広げ、広がったら少し入れてもらうようにする形になるのだろう。
アスパムは貸し会議室や有料駐車場などがひとつの収益の柱になっているのはひとつの強みである。通常、地方の観光連盟で収益事業をもっているところはほとんどない。アスパムでは、さらに既存の収益事業においてもコスト削減を図っている。駐車場の無人管理を実現したり、会議室をネットで予約できるようにしたりして、人件費を削減した。
観光連盟と一緒に動いている商工労働部新産業創造課は地元のITベンチャー育成の役割を担っている。さらに連携を強めて、企業誘致、商店会の振興なども含めて立体的な施策を展開していく方向にある。スタートアップには事務所の賃貸料に対して補助金もでる。都会の狭い空間より、アスパムのような眺望の良い施設で仕事したいというスタートアップもでてくるかもしれない。
助成金などのインセンティブだけだと企業は来ない。地域をあげて応援し、ジネスを伸ばす環境の用意がかかせない。どこの地域にとっても共通な課題を解決すると、横展開ができる。アスパムだけでなく、青森という地域がショールームなることを目指している。
質問:スタートアップのアクセラレーターをしている。スタートアップは実証実験疲れをしている。自治体の中には、雑な実証実験をするところも少なくない。やると決まった後は、スタートアップに丸投げになって、まともな実験にならないケースもある。今回の実証実験期間に何を仮説検証するのか。2−3ヶ月の期間で得られた知見をスタートアップに返さないと青森の印象が悪くなるだろう。
明確な目標は、我々もたてられない。まずやってみる。Paykeもまだ手探りである。もう少し商品を増やしたり、日本語の情報を充実させるなどわれわれも、試行錯誤して成功し、広げていきたい。
質問:どのようにいいコンテンツをたくさんひっぱってくるのか。コンテンツ開拓はどう考えているのか。
高坂
一番大事なのは、まさにそこ。コンテンツを掘り起こし、ブラッシュアップしていく部分である。もともと観光連盟は、プロパーの社員だけだった。いまはJR東日本や、銀行の人にも入ってきてもらっている。地元の人は生まれた時から見ているので、地域の商品の価値がわからない。よそから来た人にスクリーニングして、面白いものをみつけてもらうことが結構大事かなと思っている。
質問:今後のビジョンは?
高坂
インバウンドと個人の日本の観光客に対する今後の5年間の観光戦略を見直している。特にオリンピックの後、マーケットがシュリンク中でどうするか。新しいマーケットをつくるか、単価を上げるか議論している。また、ビジネスの基盤をつくり、企業が青森にオフィスを構える仕掛けを地道にやっていく。観光は追い風なのでそれを活用するのはひとつの手だと考えている。
保科
JRと組んだプロモーションをいかに地元でできるか。地域でお金が回ることを意識しながら、合致しそうなスタートアップを紹介している。