

世界の宇宙産業は、2040年には160兆円規模へ成長すると予測されています。日本でも官民連携のもと、宇宙輸送や衛星データ利活用の分野で、新たな競争力の確立が急がれています。AstroX株式会社は、気球を用いて空中からロケットを発射する「Rockoon方式」による衛星軌道投入ロケットを開発しています。代表取締役CEO小田翔武さんに起業までの経緯とRockoon方式の特長について伺いました。
宇宙産業で世界へ挑戦
大学で都市設計を学んでいた小田さんは、在学中からIT分野に関心をもち、アプリやシステムの開発に取り組んでいました。個人で受注していた案件が拡大したことから、法人化の必要があり、起業したのが会社経営のスタートでした。
IT関連の事業を運営するなかで、小田さんは GAFA によるインフラ・プラットフォームの支配力を痛感します。日本でどれだけ優れたプロダクトをつくっても勝ち目が薄いというもどかしさが募り、次第に別のフィールドへ目が向くようになりました。そこで注目したのが、急成長を遂げている宇宙産業でした。
「日本は世界一とも言える地理的・技術的なポテンシャルを持ちながら、産業基盤となるロケットを自国で十分に開発できていないため、産業としてスケールしていない状況があります。そこを何とかしたい、何とかできる、何とかすべきだと感じました」と小田さんは強調します。日本は南東が海に開けており、ロケット打ち上げに適した地形を持っていますが、宇宙開発に注力する他国と比べると打ち上げ数が伸び悩んでいるのが実情です。
宇宙開発で“Japan as No.1”を取り戻す
小田さんは、それまで経営していた会社を売却し、2022年5月に AstroX を創業しました。「宇宙開発で“Japan as No.1”を取り戻す」というビジョンを掲げ、宇宙輸送の新しい形に挑戦しています。
AstroX が採用する Rockoon 方式は、気球でロケットを成層圏まで運び、空中で発射する仕組みです。一般的なロケットは、地上から打ち上がった後、高度およそ15キロメートルまでの密度の高い空気層を突破するために多くのエネルギーを消費します。一方、Rockoon 方式は空気が薄い成層圏まで気球で運んだうえで発射するため、空気抵抗が小さく、地上発射と比べて必要なエネルギーを約半分に抑えることができます。

世界で初めて姿勢制御で空中発射を実現
AstroX の強みは、「ハイブリッドロケット」と「姿勢制御」の技術にあります。ハイブリッドロケットは、液体の酸化剤と固体燃料を組み合わせたロケットエンジンシステムで、非爆発性で安全性が高い点が特徴です。AstroXでCTOを務める千葉工業大学宇宙輸送工学研究室の和田豊教授は、この分野の第一人者として研究を続けています。
一方、Rockoon 方式では、これまでロケット発射時の姿勢制御が大きな課題とされてきました。発射方向を調整したり、風の影響を抑えたりすることが難しかったためです。AstroX はこの課題に対する独自の技術を確立し、姿勢を制御したうえで空中からロケットを発射することに成功しました。この成果は、世界で初めて実証された技術として大きな意義をもちます。
場所や時間帯を選ばずに柔軟にロケットを発射できる仕組み
ロケットを所定の軌道に到達させるためには、打ち上げに最も適した「打ち上げウィンドウ(安全に発射できる時間帯のこと)」に発射する必要があります。この時間帯を逃すと、目標軌道到達に必要なエネルギーが増加してしまい、打ち上げが延期や中止となる可能性があります。日本は国土が狭く、ロケットを打ち上げるスペースポートを整備できる場所が限られています。さらに、海上を航行する船舶や航空機の数が多いため、ロケットの発射タイミングを確保する「打ち上げウィンドウ」も制約を受けやすい状況にあります。
Rockoon 方式であれば、地上からロケットを打ち上げる場合のように大規模なスペースポートを必要としません。土地が開けた広い空き地のような場所があれば気球の打ち上げが可能であり、設備に依存しない柔軟な運用ができます。また、ロケットを船に搭載して洋上へ移動し、航空機の航路から離れた地点で打ち上げることもできるため、場所や打ち上げウィンドウの制約を大幅に減らすことができます。
さらに、コスト面での優位性も高く、小型ロケットの平均価格が約15億円とされるなか、AstroX では約3分の1の5億円程度で提供できる見込みを示しています。つまり、Rockoon 方式は低コストで運用できるだけでなく、場所や時間帯に左右されずに発射できる柔軟性を備えており、これまで抱えてきたさまざまな制限を解消し、日本での打ち上げ本数の増加にもつながる可能性があります。
(後編につづく)


