宇宙工学では日本でも1、2を争う東北大学で、1人の大学院生と1人の研究者が宇宙への夢で共鳴し、ベンチャー企業を立ち上げました。東北大学の大学院生だった小林稜平さんと准教授の桒原聡文さんは、2021年に小型人工衛星の大気圏再突入・回収技術を核とした株式会社ElevationSpaceを設立し、2025年の技術実証機打ち上げを目指しています。
宇宙建築に出会い「人生が変わった」
ElevationSpace の創業者であり代表取締役CEO の小林稜平さんは1997 年に秋田県で生まれました。両親ともに会社員である家庭で成長し、少年期には宇宙に関心を持っていたわけでも、起業家になろうという考えもなかったそうです。2011 年3 月の東日本大震災を経験し、人々が長年築いてきた生活や建物が一瞬で失われる光景を目の当たりにしたことから、建築家を志し秋田工業高等専門学校に入学しました。災害に強い街づくりを目指し、さらに建築学をより深めるために東北大学の編入試験を受験しました。
編入試験の後、高専5 年生の秋にネット検索で「宇宙建築」という分野が存在することを知り、「人生が変わった」というほどの衝撃を受けました。将来、人々が宇宙で活動する世界が訪れると確信し、その際には新たな構造物が必要となるだろうと考えるに至りました。
もともとは日本のランドマークになるような建築物を設計する夢を抱いていた小林さんは、宇宙ステーションのように軌道上に浮遊しているものや、月面基地などの宇宙建築の世界に魅了されました。東北大学では建築学と宇宙工学を専攻し、研究に没頭するようになりました。
桒原聡文さんとの出会い
大学では新しいことに挑戦し、多くの人に出会いたいと考えていた小林さんは、宇宙建築に関する情報を求め、東京のコミュニティに積極的に参加し、宇宙関連企業でのインターンやイベントの企画に取り組みました。
さらには、宇宙建築関連のコンペティションにおいて日本1 位、世界2 位を獲得するなど着実に成果を上げました。やがて、「誰もが宇宙で生活できる世界を創りたい」という夢を抱くようになり、「得る情報から会う人たち、自分のマインドまで変わりました」と当時を振り返ります。
小林さんが大学4 年生の時に企画したイベントに激励のメールを送ったのが、人工衛星工学の第一人者である東北大学航空宇宙工学専攻准教授の桒原聡文さんです。
宇宙建築と人工衛星工学は一見離れた分野に見えますが、宇宙ステーションや人工衛星を設計する上での基本的な宇宙工学は共通しています。人類の英知に惹かれるところでも 2人は共鳴しており、後にElevationSpace の共同創業者となります。
夢に向かって募る起業への思い
桒原さんとの1 年半にわたるディスカッションの中で、小林さんの夢は宇宙ホテルや月面基地の建築に向かっていきます。しかし、その前提として宇宙への人間の移動や生活可能なインフラづくりが必要であり、さらに逆算すると宇宙空間での実証実験を低コストかつ高頻度に行うことが必要になります。
さらに議論を深める中で、宇宙の真の価値は無重力空間にあることに気づきます。月面基地も魅力的ですが、より実現性が高く、産業的な価値が高いのは地球軌道上の無重力空間です。そこでの創薬などを通じて、宇宙経済と地球経済を結びつけることができれば、夢の実現が近づくのではないかと小林さんは考え始めます。
宇宙建築の夢に向かって進むための選択肢として、大学やJAXA のような機関での研究者としての道か、それとも実務家としての道か。やりたいことが明確になると、研究よりも起業のほうが自分には向いていると感じるようになりました。小林さんは、自分の夢を実現するために、これまで選択肢になかった「起業」への思いを強くしていきます。