「2050年カーボンニュートラル」が宣言されて3年近くが経過し、脱炭素を実現に導くスタートアップが活躍し始めています。株式会社フェイガーは農業由来カーボンクレジットの生成・販売とボランタリークレジットの調達サービスを行うスタートアップです。CEOの石崎貴紘さんに起業の経緯と、農業に特化した理由などを伺いました。
農業×脱炭素分野で起業を決意
コンサルティングファームのシンガポールオフィス代表として、海外から日本を見る機会を得た石崎さんは、欧米で脱炭素化の規範が確立されて、日本が負担を強いられる側に甘んじていることに疑問を抱きました。日本人は約束を守るし、人の役に立ちたいという利他的精神も持ち合わせています。日本企業に脱炭素化に関するアンケートを行うと、関心も意欲もあるにも関わらず、後れを取っている現状になにかモヤモヤしたものを感じました。
また、シンガポールの日系スーパーでは、あきたこまちや和牛が売られていますが、それらはベトナム産やオーストラリア産です。日本の農産物は高く評価されている一方で、日本の生産者に十分な収益が還元されていないという問題があります。日本国内では農業は儲からないものとされていますが、本当にそうだろうかという疑念の思いもありました。
この2つのモヤモヤした違和感が交差した結果、脱炭素と農業というビジネスモデルが浮かび上がりました。日本で7年、シンガポールで5年働き、農業・畜産関係に携わってきた石崎さんは、海外では農業の脱炭素化の取り組みが盛り上がっていることを知り、農業×脱炭素分野での起業を決意しました。
TCFD開示の義務化で、脱炭素の機運が高まっている
脱炭素とは、二酸化炭素(CO2)の排出量と吸収量を均衡させて、実質的に排出量をゼロにすることを指します。日本は2020年10月に「2050年カーボンニュートラル」を宣言し、その方針に基づいて取り組みが進められています。
2022年にはプライム市場に上場している企業に対して、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の開示が義務化されました。これにより温室効果ガスの情報開示が増え、温室効果ガスの可視化の動きが強まり、CO2削減の具体的な方法が論点となってきました。
フェイガーの創業は2022年7月、日本企業が脱炭素に向けて本格始動した年です。カーボンクレジットが広く流通すれば、企業の自助努力だけでは到達できないCO2削減目標に手が届くようになります。石崎さんは高い削減ポテンシャルを持つ農業に着目し、これからの時代の潮流を受け、カーボンクレジットを活用した農家の収益サポート事業に乗り出しました。
農業分野の温室効果ガス削減ポテンシャルは大きい
世界の温室効果ガス排出量の10%は、農業由来とされています。温室効果ガスの代表的なものは二酸化炭素(CO2)ですが、それに次ぐのがメタンで、そのうちの約1割が水田から発生しています。
農業には自然環境との共存というイメージがありますが、水田の土壌の中には酸素が少ない(嫌気的な)条件でメタンを作る微生物(メタン生成菌)が生息しています。しかもメタンはCO2の25倍の温暖化効果があるとされています。
稲作ではイネの生育を調整し、根を健全に保つため、一時的に水田から水を抜く「中干し」が行われます。この期間を現状から一週間延長するだけで、排出されるメタンの量を約30%削減できます。脱炭素のために農地を減らすことはできないですが、「中干し」の期間を延長するだけで脱炭素に貢献できるのです。
また、新たな敷地が必要になるソーラー発電や風力発電に比べて、すでに国内にある約400万ヘクタール以上の農地はかなりの削減ポテンシャルがあります。
欧米では、農家がメタンの発生を抑える農法を行い、脱炭素に貢献した分をカーボンクレジットとして大企業に販売することで、農家にお金が還元される仕組みが推進されています。この仕組みを日本でも導入することをフェイガーは目指しています。
国内にも脱炭素に貢献する農法に関心を寄せる農家も一定数存在していますが、「農業由来カーボンクレジット」生成では後れを取っています。また、日本の企業サイドでは、温室効果ガスの可視化の動きが加速する中、カーボンクレジットの活用や新たなマーケットプレイスの実装を望んでいます。